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旅行と貯金

第十二章 ここはスタート地点 2 不用品回収、粗大ゴミ、粗大ごみ  大道寺と二人でつるまる食堂で食事をとるのは久しぶりのことだった。いちばんなじめるホーム・グラウンドに戻ってきたような気がした。  つるまる食堂ではナオが働いているわけで、二人に料理を運んだ。大道寺さん、こんにちは、ぐらいは言ったが、ナオは二人にあまり話しかけないで、なんとなく見守るような様子だった。親友の二人が大事な話をするんだと感じ取って、遠慮したのかもしれない。  沖縄旅行食べながら話したのは、主に鮎太の体調のことだった。リハビリによって、どのくらい運動障害が改善されたかを聞いて、大道寺は自分のことのように喜んでくれた。 札幌 ビジネスホテル 「あなたならきっと怪我なんか乗りこえるだろうって信じてたけど、想像してたより早く元に戻ったわね」 高速バス、夜行バス「うん。今はもう早く仕事に復帰したくてうずうずしてるよ」 「あそこの仕事がそんなに気に入ってるの?」 「それもあるけど、健康なら働きたいもんなんだよ、人間って」  横浜マンション食事を終えて、どこでじっくり話そうかということになり、鮎太はこう言った。 「おれのアパートへ行くか。散らかってるけど」  洗面所は特にひどい様子になっているのだが。 埼玉 一戸建て「そうしましょうか。私が以前に住んでたアパートはもう解約しちゃってるから」  というわけで、鮎太の部屋へ大道寺を誘った。  そこでいよいよ大道寺の悩みの相談に乗ろうとしたら、その前に大道寺は思いがけないことを口にした。 結婚式演出、結婚式サプライズ 「あなた、あの子に何をしたの?」 「あの子って?」 「とぼけないでよ、ナマ足のナオよ」 「別に何も……」 「いやねえ、しらばくれちゃって。今日、ナオの顔を見た瞬間にピンときたわよ。あの子、すっかり悩みの淵から立ち直って、目がキラキラしちゃってるじゃないの。私は幸せでーす、って顔に書いてあったわよ。あなたがあの子の心の迷いを消してあげたんでしょう」  なんと鋭い直感力なんだ、と舌を巻いた。そして、事実を隠さなきゃいけない理由はひとつもないんだと思った。 「ナオちゃんと、前より親密な関係になったのは事実だ」 「ま、なんて言い方なのよ。いい仲になったってことでしょう」 「とりあえず、ちょっとな」 「あなた、私がそのことにケチをつけるとでも思ってるの? そんなに逃げ腰で言うことないじゃない。おつむは弱いけど、あの子は悪い子じゃないわよ」 「そうだよな。事件に巻き込まれて怪我したおれのことを親身になって心配してくれて、おれも心を動かされた」 「何か約束をしたの?」 「そうじゃない。よくある、つき合っているって関係になっただけで」 「いいじゃない。いつまで続くかは別にして、彼と彼女の仲になったのね。ハッピーで結構ですこと」  からかうような口調だったが、大道寺の目は案外真剣だった。 「この先どうなるのかはおれにもわからないんだが」 「そんなのわかんないままに、彼女がいるとか、彼ができちゃった、ってつき合っていくのが今の普通よ。それでいいの」  言われてみて、そうだよな、と思った。女性と出会い、波長が合っていい感じだなと思えばつき合うわけだ。とりあえず男女の仲はそこから始まる。そういう普通のことをしているだけなのだ。 「だから、その話はもういいだろう。それよりも、お前の相談ってのを聞くよ」  と鮎太は言った。  大道寺は無言でコクンとうなずいた。なんだか、思い出すだけでも疲れる、というような様子だ。 「それなんだけど、私もうどう考えればいいのかわからなくなっちゃったのよ」 「それは、参星(さんせい)重工業という会社のことで、参星グループ全体のことでもあるんだな」 「そうよ。とりあえず私は、参星重工業の社長で、参星グループのトップでもあるわけね。別邸の御子息をかつごうと考えてた一派は力を失って、もう波瀾を起こそうと考える勢力はなくなったの」 「それはよかったじゃないか。その辺のことでモメにモメてるのかと思ったのに」 「お家騒動にはならなかったのよ。それはよかったんだけど、私、自分が情けなくなってきちゃって、立ち直れないくらいに落ち込んでいるの」  大道寺の声には力がなかった。 第十二章 ここはスタート地点 3 「お前がそこまで落ち込むのは珍しいな。お前って思考が超越的っていうか、どんなことに対しても、これが現実なのよね、とか言って軽く受け流しちゃうようなところがあるじゃないか。何があろうが自分を見失わないっていうか」 「でも今は、自分がわからなくなっちゃったのよ」 「つまり、よほど性(しょう)に合わないことをやらされているんだな。巨大産業グループの総帥なんて、あまりに柄にもないことなんで、その立場にいるだけで苦しいんだ」  お前のことはよく知っているから、とてもよくわかるよ、とでも言いそうな顔で鮎太は親友を見た。ところが、大道寺は力なく首を横に振ったのだ。 「確かに、私は今、参星グループのトップにいるわ。実際にはグループ全体や、参星重工業の経営を動かしているのは父の片腕だった藤崎(ふじさき)氏なんだけど、私はその人に帝王学を仕込まれているわけよ。それで、そういうことのすべてが苦痛でたまらないのなら、それなりにスッキリするんだけど」 「どういうことだ。それが必ずしも苦痛じゃないってのか」 「なんだかくやしいんだけど、そうなのよ」  思いがけない話になってきた。突然に亡くなった父親の跡を継がされて、そんな生き方は自分に合っておらず、いやでいやでたまらない、という相談だとばかり思っていたのに、そう苦痛じゃないからくやしい、という話なのだ。 「面倒な話になりそうだな」  と言って鮎太は立ち上がり、冷蔵庫のところへ行って缶ビールを二つ取ってきた。長い話になりそうだと思ったのである。  プシュッとプルタブを開けて一口飲んでから、大道寺は続けた。 「私が、父から生き方を押しつけられるのをいやがって、ほとんど親と絶縁状態になって気ままに生きてたことは知ってるでしょう。私、父みたいな、仕事で成功していくだけが生きがいの人間を軽蔑していたし、あんなふうには生きたくないって本気で思ってたの」 「それは聞いてる」 「ところがね、だんだん気がついてくるのよ。そんなふうに嫌っていた父親と同じ血が自分の中にも流れているってことに。事業拡大計画とか、海外進出プロジェクトなんてものが、だんだん面白そうに思えてきちゃう自分がいるのよ」 「それはお前、思いもかけなかったドンデン返しだな」 「そうよねえ。財界の一大企業グループのトップとして、日本経済を動かしていくことが、やりがいのある仕事だって気がしてきちゃうんだもの。自分でもこの心境の変化にはびっくりよ」 「さすがは、そういう親の子だったということかな。二代目になる資質がちゃんとあったんだ」  そう言って鮎太は大きくうなずいた。 「つまり、もう悩むことはないんじゃないか。お前は、いやなことをやらされているわけじゃないんだから」 「ところがそういう話にはならないのよ。私には資質なんてないの。面白そうだって思うことと、資質があるのとは大違いよ。むしろ興味がわいてきちゃって、自分には能力が足りないってことがわかるの。わかりすぎて、足を一歩踏み出すこともできないのよ。自分には何もできないって思い知らされちゃうの」 「そうか。面白そうな気がしたとたんに、自分の能力不足に気がつくわけだな。ありそうなことかもしれん」 「自分のその力のなさがくやしいの」 「しかし、それは当然のことだと思うなあ。二十五歳の若さで、いきなり巨大企業グループのトップになって、日本経済の動向にも影響力があるような経営をしてみようとしたって、手も足も出なくてうろたえるばかりだよ。そんなことがいきなりできる人間なんていないぞ」 「父はね、それを一代でやった人なの。いろいろ勉強させられているんだけど、参星グループの企業史にも目を通しているわけ。そうすると、まだ若い時からバリバリと事業を推進してきた父のすごさがわかるわけよ。あんなに反抗して、バカにしていた父にとてもかなわないって気がしてくるの。家庭人としてはどうしようもない父だったけれど、経済人としては超一流だったことを認めるしかないのね。そして、自分がいやになってくるの。自分が何もできないヒヨッコだって事実を突きつけられるんだもん、情けない気分よ」  そんなふうに形を変えて、父と息子の闘いはまだ続いているわけか、と鮎太は思った。(つづく) 第12章 | 1 | 2





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